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俺はカミの何気ない写真が好きだ。

何気ない写真を見ていると、はじめて家に迎い入れた時のカミ、うさんぽした時のカミ、暴れて手に負えなかった時のカミ。昔のカミとの出来事を思い出す。

一枚の写真を見ながら、カミとの出来事を思い出す時間は俺にとって至福の時間だ。

至福の時間を過ごしていると、俺とカミはあとどれくらい一緒に過ごす事ができるのだろうかと考える時がある。

昔と比べていまは医学も進歩し、人もペットも寿命は延びている。昔よりは一緒に長く過ごせる可能性は増えた。だけどそれが憂鬱に感じる。

街を歩いていると、よれよれの老人や、よれよれのペットを見る事がある。

医学が進歩して、治せなかった病気が治せるようになり、長生きはできるようになったけど、その代償としてボロボロの姿になっても生き続けなければならないようになった。

医学の進歩がない方が、濃い人生を送れて綺麗な死に方ができるとさえ感じる。

しかしカミの事を考えると、ボロボロの姿になっても生きていて欲しいと願う。

生き方を考える時、大抵は自分はこうでありたい、こうゆう風に生きてみたいと自分自身の事ばかり考える。

だけど、大切な人やペットの事を思うとただただ生きて欲しいと願う。

そんな事を考えると、よれよれで何もできない自分になったとしても、生きてて欲しいと思う誰かがいてくれれば、生きる意味もあるのかなって思う。

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俺はカミがボロボロになったとしても、ずっと生きてて欲しい。

そう思っている俺だけど、カミはボロボロの体になった時、生き続けたいと思ってくれるのかな。