最近、部屋で眠っているカミを見ていて思うことがある。
カミは、何の疑いもなく眠る。
足を伸ばしてゴロンと横になり、目を細めながらくつろいでいる。
その姿を見ていると、
「この子は、自分が捨てられるなんて考えたこともないんだろうな」
と思う。
当たり前かもしれない。
動物は、人間みたいに先のことを考えて生きていない。
今日ご飯が食べられること。
安心して眠れること。
好きな人のそばにいられること。
たぶん、それが世界のすべてだ。
だからこそ、僕は時々苦しくなる。
世の中には、人間の都合で捨てられてしまう動物がいる。
引っ越し。
お金。
結婚。
出産。
鳴き声。
臭い。
思ったより大変だった。
理由はいろいろある。
もちろん、本当にどうしようもない事情もあると思う。
でも、その理由を動物は理解できない。
昨日まで一緒に暮らしていた人がいる。
毎日ご飯をくれた人がいる。
撫でてくれた人がいる。
その人が突然いなくなる。
それが動物にとってどれほど不安なことなのか、僕には想像もできない。
日本では殺処分数は大きく減ってきている。
保護活動をしている人たち。
里親を探している人たち。
引き取ろうとする人たち。
たくさんの人の努力によって救われる命も増えた。
それでも、今もなお人間の事情によって命を失う動物はいる。
僕はその現実が悲しい。
そして同時に思う。
動物を飼うということは、
「可愛いから一緒にいる」
だけではないのだと。
うさぎは可愛い。
犬も猫も可愛い。
小さい頃は特に可愛い。
でも命は成長する。
病気もする。
歳も取る。
手もかかる。
お金もかかる。
それでも一緒に生きる。
それが飼うということなのだと思う。
カミはたぶん何も知らない。
自分がどこで生まれたのか。
どんな人がいたのか。
そんなことは知らない。
ただ、今ここで安心している。
ご飯を待ち、
部屋を走り、
眠くなったらゴロンと横になる。
その姿を見るたびに思う。
動物にとって幸せとは、
豪華な家でも、
高価なおやつでもなく、
「安心して生きられること」
なのかもしれない。
今日もカミは部屋の隅で眠っている。
耳を寝かせて、完全に無防備だ。
その姿を見ると嬉しくなる。
信頼されている気がするからだ。
だから僕は思う。
動物を飼うということは、
命を所有することではない。
その子の一生に責任を持つことなのだと。
途中で飽きても。
忙しくなっても。
お金がかかっても。
思っていたより大変でも。
最後まで一緒に生きる。
それが、人間が動物にしてあげられる最低限の約束なのだと思う。
そして願う。
これから先、
人間の都合で不安なまま命を終える動物が少しでも減ってほしい。
カミが安心して眠っているように、
どの動物も、
「ここにいて大丈夫なんだ」
と思いながら生きられる未来であってほしい。