初代うさぎが亡くなってから、私は少し変わった。

いや、正確に言えば変わったのは行動ではない。

同じ行動をする意味が変わった

初代うさぎの頃も毎日「行ってきます」と言っていた。

頭も撫でていた。

顔もくっつけていた。

「大好きだよ」と声も掛けていた。

だから何か特別なことをしていたわけではない。

でも、初代うさぎを見送って初めて気づいた。

あたりまえだと思っていた毎日は、決してあたりまえではなかったということに。

毎日「行ってきます」と言う

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昔は何気なく言っていた。

「じゃあね。」

「夜には帰るから。」

そんな軽い気持ちだった。

でも今は違う。

玄関を出る前にカミを見る。

「今日も帰ってくるからね。」

そんな気持ちで言うようになった。

もしかしたら今日が最後になるかもしれない。

そんなことを毎日考えているわけじゃない。

でも、一度別れを経験すると、心のどこかで知ってしまう。

“今日”という日は二度と戻らない。

だから私は今日も「行ってきます」と言う。

毎日頭を撫でる

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初代うさぎの頃も撫でていた。

カミも撫でる。

やっていることは何も変わらない。

でも心は全然違う。

今日も撫でられた。

今日も喜んでくれた。

そう思うだけで幸せになる。

もし明日撫でられなくなったら。

そう考えると、この一回がとても大切に思える。

一回の「なでなで」は、一回しかない。

だから私は少し長く撫でるようになった。

少しだけ優しく撫でるようになった。

おやつを少し多めにあげる日もある

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もちろん健康が一番だから、毎日はあげない。

でも今日は頑張ったな。

今日は嬉しいことがあったな。

そんな日は少しだけ特別なおやつ。

「甘やかしている。」

そう言われるかもしれない。

でも私は思う。

思い出になるのは、こういう何気ない一日なんじゃないかと。

高価なおもちゃじゃない。

特別なイベントじゃない。

「今日はちょっと多かったね。」

そんな一日が、あとから思い出になる。

顔をくっつける

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うさぎの温もりは不思議だ。

小さい。

柔らかい。

少しだけ体温が高い。

この温もりを感じるたびに思う。

幸せって、案外こんなものなのかもしれない。

何かを手に入れることじゃない。

成功することでもない。

ただ、大好きな存在の温もりを感じられること。

それだけで十分幸せなんじゃないか。

昔はそんなこと考えもしなかった。

でも今は、一回一回の温もりを覚えていたいと思う。

「大好きだよ」と伝える

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私は毎日カミに言う。

返事はない。

でも、別に返事なんていらない。

伝えたいから言う。

初代うさぎが教えてくれた。

「いつか伝えられなくなる日が来る。」

だから今伝える。

後悔しないためじゃない。

後悔は、きっと少しは残る。

もっとできたんじゃないか。

もっと遊べたんじゃないか。

もっと一緒にいられたんじゃないか。

そう思う日はきっと来る。

でも、その後悔を少しでも小さくできるのは、今日しかない。

だから今日も言う。

「大好きだよ。」

初代うさぎは、私の行動を変えたわけじゃない

初代うさぎにも同じことをしていた。

行ってきますも言っていた。

撫でてもいた。

抱きしめてもいた。

だから行動は昔から変わっていない。

変わったのは、その意味だった。

あたりまえに続くと思っていた毎日が、どれほど特別だったのか。

何気なく過ごしていた時間が、どれほど幸せだったのか。

初代うさぎは、それを自分の命で教えてくれた。

だから私は思う。

今日という日は二度と来ない。

だから今日も撫でよう。

今日も話しかけよう。

今日も笑おう。

そして今日も「行ってきます」と「ただいま」を言おう。

それが私にできる、一番の恩返しだから。

もしこの記事を読んでいるあなたの隣に、大切なうさぎがいるなら。

どうか今日だけは、いつもより少し長く撫でてあげてください。

いつもより少しだけ優しい声で名前を呼んであげてください。

その何気ない時間は、いつか必ず宝物になります。

私はそう信じています。