うさぎは“しつけ”より信頼|放し飼いをしていて気づいたこと
最近、うちのうさぎのカミは、こちらの言うことを少しずつ理解してくれるようになった。
危ない場所へ行こうとしたとき、
「カミ、ダメ」
と言うと、一度立ち止まってこちらを見る。
そして、「ああ、これはやめたほうがいいのか」という感じで戻ってくることがある。
その姿を見るたびに、「利口になったなあ」と思う。
「しつけよう」と思ったことはなかった
最近、利口になったカミだけど、厳しく教え込んできたわけではない。
むしろ私は、うさぎに対して、「言うことを聞かせよう」と考えたことがあまりない。
初めてうさぎを飼ったときに、うさぎは犬のように「訓練する動物」ではないと分かったからだ。
とはいえ、うさぎはまったく何も覚えないわけでもない。
トイレを覚えたり、名前を呼ぶと来たりもする。
でも、それは「しつけられて動く」というより、一緒に暮らしながら自然に覚えていく感じに近い。
うちは部屋で放し飼いをしている。
当然、危険も多い。
コード類には感電防止の配線カバーをつけているし、齧られそうなものはできるだけ片づけている。
それでも、全部の危険を消すことはできない。
高い場所へ飛び乗ろうとしたり、無理な体勢で隙間へ入ろうとしたりする。
そのたびに、「それは危ないよ」と声をかける。
最初はもちろん伝わらない。
でも、不思議なことに、何度も繰り返しているうちに、少しずつこちらを見るようになる。
そして、「今やろうとしていることは、注意されるやつかもしれない」と考えているような動きをする。
その姿を見ていて思った。
うさぎって、「言葉」を理解する前に、「態度」を見ているのかもしれない。
怒っているのか。
嫌っているのか。
心配しているのか。
たぶん、そういうものを敏感に感じ取っている。
だから、乱暴に止められると警戒する。逆に「危ないからやめてほしい」と優しく近寄って注意すると思っている以上に言うことを聞く。
それは、人間同士でも同じなのかもしれない。
人は、正しいことを言われたから動くわけではない。
「この人は、自分のことを考えて言ってくれている」と感じたときに、初めて言葉を受け入れる。
逆に、どれだけ正論でも、見下されたり、支配されていると感じれば、人は耳を閉ざしてしまう。
私は昔、「しつけ」という言葉が少し苦手だった。
どこか、「相手を思い通りに動かす」という響きがあったからだ。
でも、カミと暮らしているうちに、考え方が少し変わった。
本来のしつけは、「無理に従わせること」ではないのかもしれない。
危ないことを伝えたり、一緒に安心して暮らしていくために、少しずつ関係を作っていったりすること。
たぶん、そういうものなのだと思う。
「この人の言うことには意味がある」と感じるから、相手は少しずつこちらの声を聞くようになる。
人間も、動物も、その部分はあまり変わらない気がする。
最近のカミは、危ないことをしそうになると、一瞬こちらを見る。
そして、「ダメ」と言われると、不満そうな顔をしながら戻ってくる。
もちろん、毎回うまくいくわけじゃない。
普通に無視される日もある。
でも、それでいいと思っている。
完璧に言うことを聞かせたいわけじゃない。
ただ、「この人の言葉には意味がある」と少しでも感じて信頼してくれたら、それだけで十分だと思っている。