うさぎが怒ると「富士山」になる話|うさぎにも感情があると気づいた日
「カミ、そこはダメだよ」
その日もまた、私はカミにそう声をかけた。
でも、カミからすれば、「はいはい、またそれね」くらいの気持ちだったのだと思う。
人間という生き物は、どうにも注文が多い。
あれはダメ。これはダメ。そこには行かないで。こっちにおいで。
カミにしてみれば、せっかく自分の足で歩き、自分の鼻で確かめ、自分の気分で生きているのに、横からいちいち口を出されるのだから、たまったものではないだろう。
「カミ、聞いてる?」
聞いてる。聞いてはいる。でも、だからといって従う義理があるのかは、また別の話である。
きっとカミは、そんな顔をしていた。
私は勝手にそう思いながらカミを見た。するとカミも、こちらを見ていた。じっと。無言で。まばたきさえ惜しむような顔で。
その目には、どこか言葉にならない抗議があった。「そっちこそ、分かってる?」もし言葉が使えたなら、きっとそう言っていたと思う。いや、もしかしたらもっと冷たく「うるさい」だったかもしれない。
そうして、ある瞬間から、カミはぴたりと動かなくなった。
ほんとうに、ぴたりと。
さっきまであんなに生き生きと動いていたうさぎが、急に沈黙する。耳も、背中も、気配までもが「これ以上ひと言も聞きません」という形になる。
私はその姿を見て、思った。
……山だ。
うさぎがいる、ではない。そこにあるのは、山だった。
丸い背中。どっしりとした沈黙。何を言われてもびくともしなさそうな、あの感じ。
あまりにも動かないので、だんだんただの山では足りなくなってきた。これはもう、小高い丘ではない。名もない山でもない。
富士山である。
静かで、強くて、動じない。そして明らかに、こちらの事情では動かない。
カミは動かない。いや、動かないのではない。動かないと決めているのだ。
人間なんか知らない。今日はもう協議を打ち切る。そちらの意見は受け付けない。私は私のかたちになる。
そんな強い意志が、あの丸い背中にはあった。
小さなうさぎなのに、態度だけは日本一である。
私は少しおかしくなって、でも少しだけ申し訳なくもなった。
カミはただ、自分のしたいようにしていただけなのだ。それを人間の都合で止められて、不満がないわけがない。
もちろん、ダメなものはダメだ。コードを齧られたら困るし、入ってほしくない場所もある。でも、だからといって、カミの中に「納得」が生まれるとは限らない。
その納得できなさが、たぶんあの山になったのだ。
しばらくして、カミはほんの少しだけ動いた。
富士山の噴火口が開くのかと思った。あるいは、ようやく反抗期が終わるのかと思った。
けれど、そうではなかった。
カミは何事もなかったように、すっといつもの場所へ戻っていった。あの堂々たる山の時間など、最初から存在しなかったかのように。
……あれ?さっきまでの富士山は?
するとカミが、ちらっとこちらを振り返った。その顔が、なんとなく少し三角で、少しだけむっとして見えた。
ああ、たぶん今のはこういうことなのだ。
「むかつくので、今日は山になっていました」
そういう報告だったのだと思う。
人間だって、腹が立つと黙ることがある。
これ以上しゃべるとろくなことにならないから、いったん黙る。少し距離を取って、自分の機嫌を自分でなんとかする。
うさぎだって、たぶん同じなのだろう。
ただ、カミの場合は少し表現が大きい。
黙るだけでは足りない。山になる。しかも、ただの山ではない。富士山になる。
そこまでしなくてもいいのでは?と思わなくもない。
けれど、あの完璧な「もう知りません」の背中を見ていると、うさぎにもちゃんと、うさぎなりの感情があるのだなと思う。
喜びも、不満も、納得できなさも。ぜんぶ、ちゃんとある。
ただ言葉の代わりに、背中が語る。
そして、私はまた言うと思う。
「カミ、そこはダメだよ」
するとカミはまた、「はいはい」という顔をし続けて、ある日突然、山になるのかもしれない。
でも、でも、できれば次回は小さめのかわいい山でお願いしたい。
モフモフとした可愛いうさぎ山で。