「うさぎにとって幸せな一生って何だろう」
カミを見ていると、たまにそんなことを考える。
牧草を食べている時だろうか。
気持ちよさそうに寝ている時だろうか。
それとも頭を撫でている時だろうか。
幸せそうに見える瞬間はいくつもある。
でも、本当にそれが幸せなのかは分からない。
だってカミは言葉を話さないからだ。
人間なら、
「今日は楽しかった」
とか
「この人といると落ち着く」
とか言える。
でも、うさぎは言わない。
だから飼い主は想像するしかない。
僕は昔、うさぎの幸せは、美味しいご飯があって、広い部屋があって、病気にならずに長生きすることだと思っていた。
もちろんそれも大切だ。
でも今は少し違う。
人間は一人では生きていけない。
世の中にはたくさんの人がいる。
学校でも。
会社でも。
趣味の集まりでも。
一生の中で数え切れないほどの人と出会う。
でも、
「この人がいるから幸せだ」
と思える人は意外と少ない。
一人いるか。
二人いるか。
そんなものじゃないだろうか。
そう考えると不思議だ。
カミは僕しか知らない。
人間社会みたいに、良い人もいれば嫌な人もいる世界を知らない。
比べる相手がいない。
だから、僕が良い飼い主なのか、悪い飼い主なのか、カミには分からないはずだ。
でも、それでも思う。
カミは僕の感情を見ている。
機嫌がいい時。
落ち込んでいる時。
忙しい時。
疲れている時。
怒っている時。
嬉しい時。
言葉は通じなくても、何かは感じ取っている気がする。
そして僕も同じだ。
今日は甘えたい日なんだな。
今日は一人にしてほしい日なんだな。
今日は何か機嫌がいいな。
根拠なんてない。
本当に合っているのかも分からない。
でも長く一緒に暮らしていると、なんとなく分かる。
人間同士でもそうじゃないだろうか。
本当に仲の良い相手って、全部を説明しなくても、なんとなく伝わることがある。
だから僕は、うさぎの幸せは、高級な牧草でも、大きなケージでも、長生きすることだけでもなくて、
「お前がいるから幸せだ」
と思える存在がいることなんじゃないかと思う。
もちろんカミは言葉では言わない。
だから本当にそう思っているかは分からない。
もしかしたら、
「牧草さえあれば誰でもいい」
と思っているかもしれない。
それはそれで悲しい。
いや、結構悲しい。
でも、頭を撫でた時に目を細めたり、隣で安心したように寝たり、僕を見つけたら近寄ってきてくれるから、少しくらいは信じてもいい気がする。
「お前で悪くない」
くらいには思ってくれているんじゃないかと。
うさぎにとって幸せな一生とは何だろう。
その答えはきっと分からない。
でも、いつか別れの日が来た時に、カミが
「悪くない人生だったな」
と思ってくれていたら嬉しい。
そして僕も、
「カミがいて幸せだった」
と胸を張って言えたら、それが一番幸せな関係なのかもしれない。