うさぎが不機嫌すぎて、夏のお化け屋敷に入った……ような写真が撮れた
夏のお化け屋敷に入った。
……ような写真が撮れた。
暗闇のなかに、小さな光がひとつだけ。
その光に照らされて、うさぎがこちらを見ている。
耳は立っている。目もしっかり開いている。前脚はなぜか一歩だけ前に出ていて、そして、怒っている。
少なくとも私には、そう見える。
「うらめしや~」
そんな声が、たしかに聞こえた。
ただ、よく見ると全然怖くない。むしろかわいい。
怖いのにかわいい。お化けなのにうさぎ。設定が忙しすぎる。
気づけば私は、この写真を三十分も見つめていた。
仕事の資料を見るときより真剣な顔で、うさぎの写真を見ている三十代。それが私だ。
カミはいったい、暗闇で何をしていたのか
きっと寝ていたのだと思う。
うさぎは、暗くて静かなところでじっとしていることがある。カミもそこで、ゆっくり休んでいたのだろう。
そこに突然、光だ。
「まぶしい」
「なんだよ」
「せっかく寝てたのに」
そう思ったのなら、この顔にも納得がいく。
人間だって、寝ているところを起こされたら機嫌が悪い。「おはよう」と言われても、「今じゃない」と思う朝がある。
カミもたぶん、同じだ。
ただ、うさぎは「今じゃない」と言えない。だから顔で訴える。
「なんで起こした」
その顔が、ちょうどこの写真である。
一歩だけ出た前脚の謎
問題は、前脚だ。
一歩だけ、前に出ている。
これはいったい何なのか。
出たいのか、出たくないのか。出たいならもっと出ればいいし、出たくないならそのままでいればいい。なのに、一歩だけ。
私はこの一歩に、毎年の冬に見覚えがある。
冬の朝の布団だ。
起きなきゃいけない。でも寒い。とりあえず片足だけ布団から出してみる。出した瞬間、後悔する。かといって引っ込めるのも負けた気がして、片足だけ外に出したまま、動けなくなる。
あのときの私の片足と、カミの前脚は、完全に同じ種類のものだ。
きっとカミの中では、こんな会議が行われている。
「出ようかな」
「いや、眠い」
「でも、ちょっと気になる」
「でも、今動くのは面倒くさい」
「……もういい」
そして、怒る。
なぜ怒ったのか、自分でもよく分かっていない。
でも怒っている。そういう日が、人間にもある。
家族に「どうしたの?」と聞かれて、「別に」と答える。別にではない。でも何が嫌なのか、自分でも説明できない。
あとで冷静に考えてみると、原因はただのお腹の空きだった、ということもある。ごはんを食べたら、さっきまでの不機嫌がうそのように消える。人間はそのくらい単純にできている。
子どもの頃にも覚えがある。眠くてたまらないのに、「眠くない!」と言い張って、ぐずって、怒って、そのまま寝落ちした夜だ。
たぶん、うさぎにもある。
そして写真のカミは、その最終段階にいる。
「もう何でもいいから、とりあえず怒っとこう」
そう顔に書いてある。
写真は、ただのうさぎを幽霊にする
そもそも、暗闇が悪い。
暗いというだけで、人は勝手に物語を作り始める。
もしこれが明るい部屋で撮られた写真なら、「あ、カミだ」で終わっていた。
ところが暗い。小さな光が当たっている。耳が立って、前脚が一歩出ている。それだけで急に、「このうさぎには、何か秘密がある」という空気になる。
写真というのは恐ろしい。ただのうさぎを、幽霊にまで出世させてしまう。
おそらくカミは、そんなことは何も考えていない。
「まぶしい」「眠い」「出ようかな」「やめようかな」。その程度だろう。
なのに私は、暗闇の中で何を感じているのか、なぜ怒っているのかと、勝手に深読みして、勝手に物語を作り、勝手に怖がっている。
本人からすれば、たまったものではない。
ただ眠かっただけなのに。ただ光がまぶしかっただけなのに。勝手にお化けにされている。
そう考えると、だんだん申し訳なくなってきた。
結論
ここまで、カミが怒っている理由をいろいろ考えてきた。
眠かった。まぶしかった。出るか出ないかで迷っていた。どれももっともらしい。
ただ、ひとつだけ、あえて考えないようにしていたことがある。
この小さな光は、どこから来たのか。
カミが自分で点けたはずがない。
つまり、暗闇で気持ちよく寝ていたうさぎに、スマホのライトを当てて、起こして、写真を撮った人間がいる。
私だ。
この家のお化け屋敷で、いちばん怖いことをしていたのは、カミではなかった。
寝ているうさぎの顔に、いきなり光を当てて、「かわいい」と言いながら連写していた、私のほうだった。
だとすると、「うらめしや~」は、カミのセリフではない。
あれは、被害者の正式な抗議である。
カミはいまも、写真の中でこちらを見ている。
耳は立ったまま。前脚は一歩出たまま。やっぱり怒っている。
怒って当然だ。
お化けは、私だった。
ごめん、カミ。