自由なうさぎが、わざわざ狭いケージで寝る理由
放し飼いのカミには、自由がある。
広い部屋を歩き回ることもできるし、柔らかいマットの上でくつろぐこともできる。わざわざ狭いケージに入る必要はない。
それなのに、カミはときどきケージに入って寝ている。
しかも、ただ寝ているだけではない。
足を伸ばし、柵に頭を押しつけ、いかにもくつろいでいるという格好をしている。
外は暑い。
人間なら、少しでも涼しくて快適な場所を探したくなるところだ。せっかく自由に動けるのだから、もっと広々とした場所を選べばいい。
なのに、カミはそこにいる。
「そこ、狭くない?」
聞いてみたところで、返事はない。
「もっと広いところもあるよ」
それでも、動く気配はない。
どうやらカミには、カミなりの考えがあるらしい。
もちろん、本当に何を考えているのかは分からない。ただ、こちらが快適だと思う場所と、カミが選ぶ場所は、必ずしも同じではないようだ。
人間は、選択肢が増えると、よりよいものを選ぼうとする。
広い部屋と狭い部屋なら、広い部屋。硬い床と柔らかいマットなら、柔らかいマット。
少なくとも、僕ならそう考える。
しかし、カミは違う。
広い場所があるのに、狭いケージに入る。柔らかいマットがあるのに、柵に頭を押しつけて寝る。
こちらから見ると不思議だが、本人が気に入っているのなら、余計なお世話なのかもしれない。
そんなことを考えながら、カミの寝姿を眺めていた。
そこで、もうひとつ気になることがあった。
カミは、寝ているときに手足をクロスさせていることが多い。
七割くらいはクロスしているのではないかと思う。
もちろん、正確に数えたわけではない。毎回写真を撮って集計したら、思ったより少ないかもしれない。
それでも、僕の印象ではかなりの確率だ。
なぜ、わざわざクロスするのだろう。
人間なら、格好をつけているようにも見える。
「寝るときくらい、自然体でいいんだよ」
そう言いたくなるが、よく考えると、寝ているのだから、すでに自然体なのだろう。
むしろ、寝ているだけでこんなにポーズが決まるのなら、たいしたものである。
さらに、お腹にも気になるところがある。
カミのお腹の毛は、よく見ると波打っている。
そのせいで、腹筋が割れているように見えるのだ。
白いお腹に、うっすらと浮かぶ筋肉のライン。
これは、もしかすると鍛え上げられた肉体なのかもしれない。
毎日、部屋を走り回っている成果だろうか。
いや、そんなわけはない。
そもそも、腹筋が割れているように見えるだけで、本当に割れているわけではない。毛並みの具合でそう見えるのだ。
カミは筋トレをしていない。
腹筋ローラーも持っていないし、動画を見ながらトレーニングに励んでいる様子もない。
それなのに、見た目だけは妙に鍛えられている。
努力している人間からすれば、少し腹立たしい話である。
そして、もうひとつ。
カミのお腹は真っ白なのに、股間のあたりだけ茶色い。
まるで、茶色いパンツを履いているようなのだ。
腹筋らしきものがあり、パンツまで履いている。
ずいぶんと身だしなみに気を使ったうさぎである。
もちろん、本人が自分でパンツを選んだわけではない。毛の色がそうなっているだけだ。
それは分かっている。
分かっているのだが、気になるものは気になる。
なぜ、そこだけ茶色いのだろう。
自然界で生きるために必要な模様なのだろうか。
敵に見つかりにくくするためだろうか。それとも、仲間に何かを伝えるためだろうか。
あるいは、異性へのアピールなのだろうか。
「このパンツ、似合ってるでしょ」
そんな理由だったら、どうしよう。
いや、そんなわけはない。
ただ、そういう毛色に生まれただけだ。
結局、カミがなぜ狭いケージを選ぶのか、本当の理由は分からない。
広い場所のほうが快適だと思うのも、腹筋が割れていたら鍛えていると思うのも、茶色い模様に何か意味があるはずだと考えるのも、すべて人間の勝手な解釈だ。
もしかしたら、カミにとっては、狭いケージも、クロスした手足も、茶色いパンツも、いちいち理由を考えるようなものではないのかもしれない。
ただ、そこが気に入っている。
ただ、そんな毛色をしている。
それだけのことなのだろう。
人間は、何かを見ると理由を探したくなる。意味が分かれば納得するし、説明がつけば安心する。
でも、理由が分からないからといって、何も面白くないわけではない。
カミの寝姿ひとつで、これだけあれこれ考えられるのだから。
さて、今日もカミはケージの中で寝ている。
自由に出られるのに、わざわざそこを選んで。
……やっぱり、理由を聞いてみたい。
「カミ、そこがいいの?」
ついでに、これも聞いてみたい。
「カミ、その茶色のパンツ気に入ってる?」
返事はない。
ただ今日も、たいへん満足そうである。