うさぎと暮らして気づいた|一緒にいて落ち着く人が自然と愛される理由
最近、カミを見ていて思うことがある。
うさぎは、安心できるかどうかを驚くほど敏感に感じ取っているなと。
大きな音が苦手だし、急な動きも苦手。
少し物音がしただけで耳をピンと立てるし、警戒しているときはなかなかリラックスしない。
でも、「ここは大丈夫」と思えたときだけ、足を伸ばしてゴロンと横になる。
だから、うさぎと暮らしていると自然と気をつけるようになる。
ドアを強く閉めない。
物を投げるように置かない。
大きなため息をつかない。
怒っていても大声を出さない。
最初はカミを驚かせないためだった。
でも、長く一緒に暮らしていると気づく。
これはうさぎだけの話じゃないのかもしれない、と。
世の中には、一緒にいると疲れる人がいる。
何かをしたわけじゃない。
悪い人でもない。
でも、なぜか疲れる。
機嫌が悪いと物音が大きくなる。
ドアを閉める音が強い。
机に物を置く音も大きい。
ため息も大きい。
本人は無意識なのかもしれない。
でも、その音を聞いている周りの人は、
「今、機嫌が悪いのかな」
「何か怒っているのかな」
と気を遣う。
人は思っている以上に、言葉ではなく空気を感じて生きている。
逆に、一緒にいると落ち着く人もいる。
その人は特別面白いわけでもない。
特別、気を遣っているわけでもない。
でも、なぜか人が集まる。
話していると安心する。
近くにいるだけでホッとする。
そういう人をよく観察すると、ある共通点がある。
静かなのだ。
もちろん、声が小さいという意味ではない。
存在が静かなのである。
物を丁寧に扱う。
人を急かさない。
感情をぶつけない。
周りに余計な緊張を与えない。
まるで、
「ここにいて大丈夫ですよ」
と言っているような空気を持っている。
カミもそうだ。
安心しているときのカミは、部屋の真ん中でゴロンと横になる。
目を細める。
足を伸ばす。
完全に油断している。
野生では絶対に見せない姿だ。
つまり、
「この場所は安全だ」
と思っているのだろう。
そして僕は、その姿を見ると嬉しくなる。
信頼されている気がするからだ。
人間関係も同じなのかもしれない。
人は、自分を楽しませてくれる人を好きになることもある。
すごい能力を持った人に憧れることもある。
でも、本当に長く大切にしたいと思うのは、
「安心できる人」
ではないだろうか。
失敗しても責めない人。
機嫌で人を振り回さない人。
話を最後まで聞いてくれる人。
一緒にいて緊張しない人。
そういう人のそばには、人が残る。
もちろん、人間だからイライラする日もある。
落ち込む日もある。
僕だってある。
でも、その感情をそのまま周りにぶつけるのと、少し飲み込んで相手を思いやるのとでは、大きな違いがある。
物を強く置けば、一瞬だけ気持ちはスッキリするかもしれない。
ため息をつけば、少し楽になるかもしれない。
でも、その代わりに周りの人は少しずつ疲れていく。
そして気づかないうちに距離ができる。
一方で、相手を安心させる人は、自分が思っている以上に周りへ良い影響を与えている。
その人がいるだけで場が和らぐ。
その人がいるだけで空気が穏やかになる。
だから人が集まる。
だから信頼される。
だから愛される。
カミは今日も部屋の隅でくつろいでいる。
耳を寝かせて、完全にリラックスしている。
その姿を見ていると、強い人になるより、安心できる人になる方がずっと難しいし、ずっと価値があるのかもしれないと思う。
誰かを圧倒する人ではなく、誰かをホッとさせる人。
誰かに気を遣わせる人ではなく、誰かが安心して素の自分でいられる人。
僕もそんな人になりたい。
そして、大切な人たちには、
「この人と一緒にいると落ち着くな」
と思ってもらえるように生きていきたいと思う。
カミが安心してゴロンと横になるように、人もまた、安心できる場所を探して生きているのだから。