うさぎを飼っていると、ときどき思うことがある。
カミは生意気だ。
もちろん悪口ではない。
かわいい。
ものすごくかわいい。
でも生意気なのである。
なぜなら、要求の仕方が遠慮ゼロだからだ。
僕が本を読んでいても関係ない。
スマホを見ていても関係ない。
横になってゴロゴロしていても関係ない。
カミは近づいてくる。
そして鼻でツン。
もう一回ツン。
さらにツン。
「おい」
と言わんばかりである。
そのあと、僕の前に座る。
そして頭を少し下げる。
完全にこう言っている。
「撫でろ」
である。
お願いではない。
命令だ。
しかも、かなり自然に命令してくる。
まるで僕が撫でるのが当然みたいな顔をしている。
最初の頃は不思議だった。
「なんでそんなに偉そうなんだ」って。
普通なら、少しは遠慮しないだろうか。
「ちょっといいですか、お願いがあるのですが…」みたいな。
しかしカミは遠慮しない。
自信満々である。
たぶん頭の中では、
「この人は俺を撫でる係」
くらいに思っている。
そして悔しいことに、僕はその命令に弱い。ツンツンされると嬉しいのである。
本を読んでいても、
「あ、来た」
と思う。
スマホを見ていても、
「どうした?」
と顔を上げる。
完全にカミの思うつぼだ。
なぜ嬉しいのか。
考えてみた。
たぶん、必要とされている気がするからだ。
カミは頭を撫でてほしい時だけ来る。
つまり、その瞬間だけは僕が必要なのだ。
ご飯でもない。
おやつでもない。
ただ撫でてほしい。
だから来る。
僕が必要とされている。そう思うと嬉しいのだ。
もちろん、冷静に考えればおかしな話である。
命令されているのも僕だ。
働いているのも僕だ。
頭を撫でているのも僕だ。
冷静に考えると、完全に僕が使われている。
なのに、なぜか嫌ではない。
むしろ少し嬉しい。
不思議なものである。
だからたまに思う。
少しくらい困らせてやってもいいのではないか、と。
いつも呼び出されるのは僕だ。
撫でるのも僕だ。
だったら今日は簡単には応じない。
少しくらい待たせてやろう。
そう考えることがある。
そこで、
「うるさいな」
と言って追い返したらどうだろう。
その日は静かかもしれない。
本も読める。
スマホも見られる。
自由である。
でも、たぶん数日後には気になる。
今日は来ないな。
昨日も来なかったな。
そう思い始める。
そして一週間もしたら、今度は僕の方から近づいている気がする。
「なあ、撫でなくていいのか?」
と。
人間とは勝手な生き物である。
ツンツンされている時は、
「生意気だな」
と思う。
でも、ツンツンされなくなると寂しい。
だから困る。
そしてもし、僕がそんなことを言ったら、カミは得意そうな顔をするだろう。
「やっぱり必要だったでしょう?」
と。
絶対に言う。
いや、言わなくてもそういう顔をする。
そして翌日から、さらに堂々とツンツンしてくるはずだ。
今日もカミは近づいてくる。
ツン。
ツン。
そして頭を差し出す。
相変わらず生意気である。
でも、その生意気さが少し嬉しいのである。