うちのうさぎ、カミは可愛い。

本当に可愛い。

フサフサしているし、鼻はずっとピクピクしているし、寝ている姿なんて、ほぼぬいぐるみである。

だから僕は、できればくっつきたい。

隣でゴロゴロしたいし、できれば腕の中で眠ってほしい。

しかし、現実は甘くない。

僕が近づくと、カミはスッ……と少し距離を取る。

逃げるほどではない。

でも、確実に「適正距離」を守ってくる。

この「完全拒否ではない微妙な距離」が、一番切ない。

嫌いなら逃げればいい。

でも逃げない。

ただ、近づくと少し離れる。

まるで、「嫌いじゃないけど、近い」と言われている気分である。

人間関係でも一番つらいやつだ。

僕は何度も挑戦した。

カミのお気に入りスペースにそっと座る。

するとカミは、「あ、来たな」という顔をして、静かに場所を移動する。

また近づく。

また移動する。

もはや鬼ごっこである。

しかも、走って逃げるわけではない。

「距離感わかってくださいね」という空気だけを残して移動する。

優しい拒絶ほど心に刺さるものはない。

そこで僕は考えた。

「人間の恋愛理論は、うさぎにも通用するのではないか?」

世の中には、“貢ぐことで距離を縮める”という文化がある。

プレゼントを渡す。

ご飯をごちそうする。

尽くす。

そして、少しずつ好感度を上げていく。

だったら、うさぎも同じではないか。

そう思った僕は、カミにパパイヤを貢ぎ始めた。

うさぎ用おやつ界における、高級接待である。

すると、効果はあった。

パパイヤの袋を持った瞬間、明らかに寄ってくる。

目の輝きが違う。

「来た!」という顔をする。

しかし、ここで問題が発生した。

寄ってきているのは、“僕”ではなく、“パパイヤ”なのである。

僕はただの配達員だった。

おやつを渡した瞬間、用済みみたいな顔をされる。

こんなに尽くしているのに。

でも、考えてみれば人間界でも似たようなことはある。

高級レストランを予約し、プレゼントを渡し、必死にLINEを返す。

しかし相手は、自分自身ではなく、“提供されるメリット”に反応しているだけかもしれない。

それでも人は貢ぐ。

なぜなら、「これだけやったんだから、きっと気持ちが伝わるはずだ」と思いたいからだ。

僕も同じだった。

パパイヤを渡しながら、「今日こそ距離が縮まるかもしれない」と期待していた。

しかし、カミは冷静だった。

おやつは食べる。

でも、近づきすぎると離れる。

その線引きは絶対に崩さない。

ここまで来ると、逆にすごい。

うさぎ界には、“曖昧に期待を持たせる”という文化が存在しないのかもしれない。

嫌なら離れる。

欲しいものがあれば来る。

その境界線が驚くほどハッキリしている。

人間みたいに、

「嫌いじゃないけど今は忙しくて…」

みたいな複雑さがない。

ある意味、とても誠実である。

最近では、僕も少しわかってきた。

たぶん、カミにとって大事なのは、「べったりくっつくこと」ではない。

自分が安心できる距離で、安心できる相手と過ごすことなのだ。

だから無理に縮めようとすると、逆に離れる。

人間関係も、たぶん同じだ。

距離を詰めすぎると、人は逃げる。

でも、適度な距離を守れる人とは、長く一緒にいられる。

つまり僕は今、うさぎから“距離感”を学ばされている。

ちなみに今日も、僕はカミに近づいた。

そしてカミは、スッ……と少しだけ離れた。

悲しい。

でも、そのあとパパイヤを持ったら戻ってきた。

やはり、資本主義は強い。